第35回日本小児リウマチ学会総会・学術集会

会期:2026年10月16日(金)〜18日(日)

会場:大阪市中央公会堂(〒530-0005 大阪市北区中之島1丁目1番27号)

会長:岡本 奈美(労働者健康安全機構大阪ろうさい病院 小児科)

事務局長:杉田 侑子(大阪医科薬科大学 小児科)

中之島について

中之島について

大阪市中央公会堂が佇む中之島エリアは、北には堂島川、南には土佐堀川が流れる中州です。長さは3 km、幅は最大で300 mと東西に細長く、行政・経済・文化施設が集中する、水と緑豊かなエリアです。美術館・博物館・科学館・図書館・コンサートホール・公園・商業施設などが立ち並び、プロムナードや広場では様々なイベントが催されるなど、多くの方々が国内外から訪れる場所です。

江戸時代は全国各藩の蔵屋敷が中之島に集まり、米をはじめとするさまざまな物資の売買が行われたことから、「大坂は天下の台所」と呼ばれました。南側には堂島米会所があり、1716年頃には世界で初めて先物取引が行われました。

大阪医科大学が中之島に!?

大阪市立科学館と大阪中之島美術館に挟まれて「医科大学前通線」という道路があります。かつてこの場所には「大阪医科大学」がありました。といっても、会長の母校である大阪医科薬科大学(旧 大阪医科大学)の事ではなく、現在の大阪大学医学部の前身が、大正4年から昭和6年に大阪帝国大学医学部となるまで「大阪医科大学」と称していたのです。平成5年に附属病院ごと大阪大学の本部がある吹田に移転しましたが、現在も大阪大学医学部の学祭は「中之島祭」と呼ばれています。

水の都は水害の街

もともと大阪平野は海で、上町大地以外は島か浅瀬であったため、大阪には“島”とつく地名がたくさんあります(堂島、福島、都島など)。街が開かれてからも川や運河が多く、水運による商業が発展し、「日本のベニス」とも呼ばれていました。反面、本家同様、幾多の水害に苦しんで来ました。

現在中之島までは大川とよばれる川は、本来の淀川でした。大阪城北側で大きく流れを変え、中之島を挟んで川幅が狭くなる構造から旧淀川は台風のたびに水害を起こしていました。そのため、明治末に毛馬(都島区)から大阪湾に流す人工水路を掘削して、現在の淀川が開墾されました。なお、現在は治水事業により水害はほぼ防げています。

また、舟運から車・鉄道輸送となり、下水道も完備されて、不要となった川や堀の多くは埋め立てられました。今でも地名に長堀通・空堀通(大坂城南惣構堀の遺構、大坂冬の陣後に埋め立てられた)・淀屋橋・心斎橋など、水の都であった名残が残っています。

中之島に架かる橋

中之島にかかる橋はそれぞれ特徴があり、歴史と文化を感じます。夜にはライトアップされ、梅田~淀屋橋のビジネス街を背景に、橋の上で風に吹かれつつ水面に揺れる色とりどりのライトを見る瞬間は、ほっと寛げるひとときです。ぜひ学会の合間やお帰りの際にお立ち寄りください。

中之島は分化・芸術のまち

その他、中之島やその近隣の文化・芸術施設をご案内します。


  • 子どもの本の森 中之島
  • 大阪市立東洋陶磁美術館
  • 大阪府立中之島図書館
  • 中之島バラ園
  • 大阪中之島美術館
  • 国立国際美術館
  • 大阪市立科学館
  • 大阪証券取引署 (五代友厚 銅像)
  • FESTIVAL CITY・大阪フェスティバルホール・中之島香雪美術館

詳しくは、一般社団法人中之島まちみらい協議会のホームページをご覧ください。